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27週から28週(入院編)

ついに
入院生活が始まってすぐに点滴開始。
私、産まれて初めての点滴です。
妊娠初期にする血液検査だけでも内心ビクビクしていたのに、いきなりの点滴。。
でもそれ以上にお腹が張って辛かったので、、
「この張りが収まるならなんとでもしてください。」
ともはや無抵抗。痛みもなくすんなり点滴を受け入れられました


 
入院1日目。
点滴を始めるとうそのようにお腹が張らなくなり、お腹がやわらかくなった。すごい効果だ。赤ちゃんは元気そうだし、やっと安心した。がんばろ

入院2日目。
おばぁちゃんがきてくれた。昨日よりお腹が張っていたかも。お腹のさわりすぎを指摘されたのであんまりさわらないでいよう。がんばるぞ

入院3日目。
今日は旦那のお父さん、お母さんがきてくれた。みんなに心配かけています。まるちゃん(おなかの赤ちゃん)が12月に元気にうまれてくることだけを本当に思います。今日も検査してもらったけど、子宮口がやわらかくなっているといわれちゃったぁ。気になるなぁ。がんばろ

入院4日目。
お腹の張りはまだ続き、少しブルーですが今日は旦那がきてくれました。やっぱり安心した。友達も漫画をもってきてくれて1日早かったなぁ。

入院5日目。
今日も旦那と友達がきてくれた

入院6日目。
今日も旦那とお兄ちゃん、おねぇさん、おばぁちゃんがきてくれた。
お腹の張りを感じモニターをとった。少し寝方をかえたらましになった気も。。。
でもまだ張る。。。この張りがなくなればいいのに。。赤ちゃんは元気そうだった。がんばらねば。。

入院7日目。
今日はお腹の張りがすごく10分に1回張っている感じで焦った。少し量を多くしてもらうとやっとおさまった。このままで私のお腹の張りはよくなるのだろうか。安静にしているのになぜだろう。赤ちゃんだけは元気に12月に産まれてほしい
夜中にまた15分で張りがものすごかった。もう産まれてくるのかと気が気じゃなかった。薬をあげてもらったが心配だらけだ


入院してからの1週間のメモでした。
1週間の間に2A10滴-2A15滴ー2A30滴とすさまじい勢いでウテメリンの量をあげることになりました
その心境を今でも時々思い出します。張りに対する希望と絶望。。。
今思えば、
「そんなに悩まないでも。。。
と思いますが、この時は真剣
張りに対して真剣に向き合ってしまったがためにこんなにも思い悩んでいました

入院した病院は小児科もついていて入院施設もある比較的大きな病院。
ご飯もおいしく、食べることが楽しみだったぐらいです
入院していた部屋は4人部屋でしたが、「明日逆子を治す処置をしてもらうんです。」という方と私と2人だけでした。
点滴棒をさげながらトイレまで歩いていくのも可。
頭も3日に1回は洗っていただけます。
シャワーも先生が許可したらいけますよ。
座ってごはんもOK。

というところから1週間で、
トイレまでは可。
頭、シャワーはダメ。からだ拭きOKになりました。
座ってごはんはOK。

にゅういん1週間で、時計や耳かき、ストロー、爪切りなんかを追加でもってきてもらった気がします
第2子出産の時には除菌スプレーなんかが役にたちました

お友達のもってきてくれた漫画が暇つぶしになりました。
でも後々部屋を移動する事になったので荷物はほどほどにコンパクトにを心掛けてた方がよかったと多々思いました

次は、おお荒れ28週です
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妊娠中期21週から26週

第一子の時のスケジュール帳にメモっていた記録を先日クローゼットから取り出し、読み返しました。

切迫歴2回を経験してると、なんて無謀なことを。。。なんてこともしていました。

そんな里帰りして21週から26週までの記録です。

実家で毎日何をしていたかというと、
お友達に来てもらっておしゃべり。
音楽をきく。
雑誌をよんだり。
通販で安眠まくら買ったり。
オリンピックみたり。
くま作りしたり。
自画像描いてみたり。

そして、張り止めも飲まずに、
1週間に一回割と距離あるところまで散歩したり、
美容院行ったり。
少し歩いたりできるようになっていたけど、次の日辛くて反省しているメモが目立っていました。

家事はせずでもこれはよくないなぁ。。。と今となれば思います。
 
このころの私は、おなかの張り=極度の腰痛というイメージでまだ張りとはなんなのかよく分かってはいませんでした。

25週の終わり頃のメモに、両脇のおなかの痛みが気になって相談してみた。と書いており、お腹の子が女の子だったことと早産予防のウテメリンの処方にやっと納得できた事が書かれてありました。

「いつか普通の妊婦に戻れるんじゃないか?」という期待が、「自分が切迫早産だ。」と認識するまでにすごく時間がかかった原因だった気がします。

私が知っている周りの人で切迫早産の人はいなかったことと、その頃いろんなブログを見せていただいていても大抵は安静にしていると治まりました。という感じだったので「私もそうだろうな。」と思っていました

ところがどっこい。。。
26週。。。

トイレでお腹を見ているとパンパンに張ったかな。。と思ったらおへそがへこんで見えたり、となんだか「なんかおかしい。」と感じ出していました。

陣痛がなんたるかも分かっていなかったけど、産婦人科のパンフレットをみると10分に1回定期的にお腹の張りを感じたら陣痛の始まりです。といった内容が書かれていて、

なんとなくお腹が膨らむ時間を計ってみたら、なんと10分。。。
「これって陣痛じゃーーないのーーー。」と大慌てでタクシーに乗り込み診察してもらったのを記憶しています。

26週で陣痛につながる張りがある。。ってことで即入院。。。

ここから壮絶な入院生活が始まったのでした

それまでの検診で子宮頸管が、2センチになっていたこと。この時点で入院になっていてもおかしくなかったので、入院の準備はほどほどに整えてあったようです。

このころのメモに、
「気分がどうもマイナスになっていく。お腹の張りもあるのかないのかよく分からないし、薬もこんなに飲んでて大丈夫かと不安になるし、早く12月になってほしい。1日1日が不安で精神的にだいぶまいってきた。誰にもあんまり会いたくないし、ため息ばかり出る。でも胎動を感じるたび、生きているまるちゃん(お腹の赤ちゃんの呼び名です)に少し元気を与えられる。」
と書いてありました。
実家にいても、心と体が耐えれなくなってきていたのがよくわかります。

検診に行くと普通の妊婦さんがたくさんで本当にうらやましかったなぁ。。。
今は、妊婦さんをみかけると、みんな出産に向けて歩んでいる道は同じだから妊婦さんはみんな大変だなぁ。と思って見ていたりします。
勝手に「元気な赤ちゃんが生まれますように。。」と願かけてたりもします。。





安定期なのに不安定期。

妊娠中期は今思い出せば、反省の日々です。

妊娠5か月の終わりから徐々に症状の出だした切迫早産。

6カ月に入るころには安定期なのに、外に出ることができなくなっていました。数歩歩くだけでお腹がぐぐぐぐーーと締め付けられる感覚があり、外に行くのが大好きな私にはとても過酷に思えました。でもまだまだ今から思えば甘い感じ。。。

張り止めのウテメリン1日3錠を処方してもらったものの、「薬はできるだけのみたくない。」「子供によくない。」
と思っていたので勝手に少なめに飲んだりしていました。今なら指示通り飲みきるだろうなぁ。。。

「お腹が張ってつらい。」と思ったらわざわざ自力で病院まで行き、待ち時間に余計お腹が張ってきて横になりながら診察受けたりもしていました。電話で先に相談してから車で連れて行ってもらうのがベストだったなぁ。。とこれまた思うとこあり。

6カ月末には、家事がほとんどできない感じだったので関東から関西の実家に帰省。
もともと里帰り出産の予定で割と大きい病院を予約していたので、張りのまだ比較的ましな時期に帰っていて正解でした。

この時点では、旦那と長期間離れる事もさみしかったけど、赤ちゃんがどうなるのかも不安で精神的には早めの里帰りしないと心が折れてしまいそうでした。

里帰りしてからにつづく。。。

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プロフィール

Author:さゆわん
第1子の時、切迫早産を経験し入院、母体搬送のフルコースを味わった。それから5年後決意の2人目妊娠。初期からの張りに悩まされましたが無事出産。2人目妊娠記録から、1人目の壮絶な切迫のメモを公開しています。
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日常をつづった洋裁ブログもやってます。
さゆわん。洋裁漬生活への道。http://ameblo.jp/sayuwan2002/

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